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活動内容

≪各幼稚園の宗派について≫

園 名 ・ 認定こども園
  綜合施設函館若葉幼稚園
  せつ乳児舎
・ 眞宗寺保育園
・ 認定こども園龍谷幼稚園
・ 函館大谷短期大学附属
  認定こども園
・ 函館大谷短期大学附属
  大野幼稚園
・ 函館大谷短期大学附属
  港認定こども園
・ 函館大谷短期大学附属
  松前認定こども園
・ 認定こども園函館大谷幼稚園
・ 認定こども園花園大谷幼稚園
・ 認定こども園
  キッズサポートくにのはな・
  国の華幼稚園 

・ 認定こども園
  キッズサポートくにのはな・
  キリンハウス認定保育園

宗派 浄土宗 浄土真宗 曹洞宗
開祖 法然 親鸞 道元禅師
本山 知恩院(京都) 西本願寺(本願寺派)
東本願寺派(大谷派)
専修寺(高田派)、他各派本山
永平寺
総持寺
本尊 阿弥陀如来 阿弥陀如来 釈迦牟尼仏
宗派の内容 法然上人は、今から約860年前に現在の岡山県にお誕生になりました。幼少にして父親を失い、それを機に父の教えのままに出家して京都の比叡山に登って勉学に励み、当時の仏教・学問の全てを修した後、善導大師の『観経疏』などに影響され、南無阿弥陀仏を称えれば、必ず仏の救済をうけて平和な毎日を送り、浄土に生まれることができる、という専修念仏を説くようになりました。

教えは、皇室、貴族をはじめとして、広く一般民衆にいたるまで、この導きによって救われ、浄土宗の教えは広まっていきましたが、旧仏教側から非難され、迫害を受けました。

しかし、法然上人没後も、弟子たちが迫害に耐え、法然上人の教え、今いきることに喜びを感じることを広めていきました。

親鸞は、師の法然の教えに対し、人々を救おうと働きかける。

そして、阿弥陀如来の本願を信じて、念仏を唱えようと思う心の起きる時(信心)、往生が決定するという絶対他力の教えを説きました。

道元禅師は、鎌倉時代の正治2年(1200年)京都に誕生され、父は鎌倉幕府の左大臣久我道隆、母は藤原基房の娘と言われています。3歳児で父を失い、8歳で母が他界し、幼くして世の無常を感じて比叡山横川に出家されました。その後、京都に入られ、24歳の春、遣唐使の船で中国へ渡り修行。現在の歯磨きにつながる柳楊枝の習慣を持ち帰りました。

道元禅師は、ある夏の暑い日にしいたけを干していた典座(てんぞう)和尚(主に台所をまもるお坊様)に出会った。その和尚様はまゆが白髪でつるのようにのびていたので「若い修行僧にさせては」と話された。ところが、和尚様は、「若い者にさせては自分の修行にはならない。自分がやらなくて誰がやるのか。」「暑くても、今やらなくてはいつできるのですか。」と答えたそうです。その和尚様との出会いが、道元様の教えの精神となり今日に至っています。

道元様は、「座禅の姿こそが仏であり、悟りである」として「只管打座」を説きました。